京都府亀岡市の暴走自動車無免許殺傷事件の判決について思うこと

2月 25th 2013 -

「軽すぎる(怒)(怒)(怒)!!!」というのが、素直な感想。
本件もそうですが、
裁判所(検察)と世間の考え方とのズレがあるように思います。
生活様式や考え方が、どんどん変化している現代で、
時代についていっていない法律で、無理やり収めようとするから、
ワケの分からない・納得できない結果になるのかと。
そもそも、これだけの大惨事を起こしながら、
「危険運転致死傷罪」にすら該当しないなんて、
どう考えても、おかしな話で、
何のための「危険運転致死傷罪」なのかと思います。
で、結果は、求刑以下の判決。
ご遺族の無念さは如何ほどか...。
このような事件こそ、
裁判員制度で行うべきかと思いますが...。
えっと、ここからは、思ったことをズバッと書きます。
普通、3人殺したら、死刑ですよ。
無茶苦茶やったら、事故るのは当たり前。
飲酒運転もそうですが、
「運転してはダメ」と言われているのに、
それをしているのだから、
その時点で、「過失」ではなく「故意」。
言い訳(情状酌量)なんて必要ない。
だって、
運転さえしなければ、防げた事故なんだから。
ルールを無視して、事故を起こした少年に対して、
ルールに縛られて何も出来ない、こちら。
やったもん勝ちかよ。
反省してるって?本当かよ!
上っ面だけなら、何とでもなる。
仮に、本当に反省しているとしても、
処罰は処罰として、キチンと受け止めるべき。
日本って、
とかく、被告の人権とか更正とか気にするけど、
被害者の命を軽く見すぎていないか?
死んだ人は生き返らないんだぞ!
コラ!
弱腰な検察に、ヘタレの裁判官。
税金返せ!!
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 京都府亀岡市で昨年4月、集団登校中の児童ら10人が軽乗用車にはねられて死傷した事故で、自動車運転過失致死傷罪、道交法違反(無免許運転)に問われた同市の無職少年(19)の判決が19日、京都地裁であり、市川太志裁判長は懲役5年以上8年以下の不定期刑(求刑・懲役5年以上10年以下)を言い渡した。
 市川裁判長は「罪悪感なく無免許運転を繰り返し、酌量の余地は全くないが、反省して遺族に謝罪している」と述べた。
 判決によると、少年は昨年4月23日午前8時頃、無免許で軽乗用車を運転中に居眠りをし、登校していた同市立安詳(あんしょう)小学校の児童9人と付き添いの母親松村幸姫(ゆきひ)さん(当時26歳)の列に時速50キロ以上で突っ込み、松村さんと児童2人の計3人を死亡させ、7人に重軽傷を負わせた。
 市川裁判長は「少年は2昼夜を遊び回り、睡眠を十分に取らずに事故を起こした。遺族らの峻烈(しゅんれつ)な処罰感情は重大な結果に照らせば至極当然」と断じた。
(2013年2月19日21時00分 読売新聞)
亀岡10人死傷、少年に懲役5~8年の不定期刑 社会 YOMIURI ONLINE(読売新聞)

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20130219-OYT1T00856.htm

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↓↓↓ 判決要旨 ここから ↓↓↓
刑罰科して責任自覚、無免許に酌量余地なし、処罰感情は当然…判決要旨
 京都府亀岡市で平成24年4月、集団登校中の小学生ら10人が無免許運転の車にはねられ死傷した事故で、無職少年(19)に懲役5年以上8年以下の不定期刑を言い渡した京都地裁判決の要旨は次の通り。
 【少年である被告に対する処分について】
 少年である被告を保護不能と断じることはできないが、被害の重大性などを考慮検討すると、保護処分よりも刑罰を科すことにより責任を明確に自覚させ、それを踏まえて更生を図らせることが社会正義に合致しているというべきだ。京都家裁への移送が相当とする弁護人の主張は、採用できない。
 【道交法違反(無免許運転)について】
 3件の無免許運転は、常習的に行われていた無免許運転の一環としての行為である。被告は、いずれの無免許についても罪悪感など微塵(みじん)もなく運転行為におよんでおり、経緯や動機に酌量の余地は全くない。
 被告は23年1月、道交法違反(共同危険行為、無免許運転)で京都家庭裁判所から保護観察処分を受けたのに、同じ無免許運転を繰り返し、今回の犯行に至っている。更生への機会を十分に生かさなかったのは被告自身の責任というべきである。
 【自動車運転過失致死傷について】
 被告は、友人らと連日夜通しで遊び回っており、24年4月21日朝から同23日朝に発生した今回の事故までの間、仮眠時間は合計でわずか5時間20分程度にすぎず、遊び疲れと睡眠不足により居眠り運転に陥ったもので、その経緯に酌むべき事情はまったくない。いきなり背後から衝突された被害者らが事故を避けうるはずもなく、落ち度は全くない。事故は被告の一方的な過失によるものというほかなく、過失の内容・程度は極めて悪い。
 未来への大きな夢にあふれていた2人の小学生と、まだ若く希望に満ちあふれていた女性の命を奪ったという点だけでも、あまりに重大な結果を招いている。
 松村幸姫さんは、子供たちを引率中に娘とともにはね飛ばされ、26歳で一生を終えた。小谷真緒さんは両肺挫傷により7歳で短い生涯を終えた。横山奈緒さんは意識を回復しないまま8歳の若い命を終わらせた。また、負傷した7人全員も命を失う危険があった。母親を、妹を、あるいは大切な友人たちを失ったことで心にも大きな傷を負い、将来への影響も計り知れない。遺族らが、いずれも被告に対する峻烈な処罰感情を示しているのも、重大な結果に照らせば、至極当然というほかない。
 さらに、事故が悲惨かつ衝撃的であり、地獄絵のような光景を呈した現場の住宅街はもとより全国的にも大きな不安や衝撃を与えたことに鑑(かんがみ)みれば、社会的影響は大きい。
 【検討】
 以上によれば、犯情は極めて悪く、被告の刑事責任は重いといわなければならず、遺族らがいずれも峻烈な処罰感情を示し、法律上可能な限り重い刑罰を求めることは十分理解できる。他方、被告はいずれの罪も認め、取り返しのつかない事故を起こしてしまったことを反省・後悔し、亡くなった被害者の冥福を祈り、遺族や負傷した被害者らに謝罪の態度を示すなど、酌むべき事情もある。
 そこで、不定期刑の上限について検討するに、検察官は、自動車運転過失致死傷の罪と3件の道路交通法違反の罪とを併合罪加重した刑期の上限である懲役10年を求刑している。
 確かに、何の落ち度もない3人の命を奪い、7人を負傷させた結果は重大であり、過失の内容・程度も悪い上、居眠り運転の原因が連日の遊興による疲労や睡眠不足にあったことに照らすと、処断刑の上限をもって臨むことも十分に考えられる。
 しかし、被告は、これまでの生活態度や事故で取り返しのつかない結果を招いたことを反省・後悔している。事故以前の2件の無免許運転は、交通法規無視の態度が事故を招いたという意味では無関係とはいえないものの、居眠り運転との因果関係はまったくないし、そもそも事故の前に犯された別個の無免許運転である。そして、被告は無免許運転の事実について素直に供述している。
 このような事情を総合的に検討すると、被告に対して求刑通り処断刑の上限をもって不定期刑の上限とすることは事故の重大性を十分考慮してもなお躊躇(ちゅうちょ)せざるを得ず、懲役8年をもって上限とするのが相当であると判断した。
【亀岡暴走事故】刑罰科して責任自覚、無免許に酌量余地なし、処罰感情は当然…判決要旨+(1-3ページ) – MSN産経ニュース

http://sankei.jp.msn.com/

affairs/news/130219/trl13021921410015-n1.htm
【亀岡暴走事故】刑罰科して責任自覚、無免許に酌量余地なし、処罰感情は当然…判決要旨+(2-3ページ) – MSN産経ニュース

http://sankei.jp.msn.com/

affairs/news/130219/trl13021921410015-n2.htm
【亀岡暴走事故】刑罰科して責任自覚、無免許に酌量余地なし、処罰感情は当然…判決要旨+(3-3ページ) – MSN産経ニュース

http://sankei.jp.msn.com/

affairs/news/130219/trl13021921410015-n3.htm
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